校長式辞
令和7年度 卒業証書授与式 式辞
柔らかな春の光が大地を包み、校庭の木々の芽もほころびはじめた今日の佳き日、ご来賓並びに保護者の皆様方のご臨席を賜り、ここに令和七年度 群馬県立吉井高等学校 第49回 卒業証書授与式を盛大に挙行できますことは、卒業生はもとより、私たち教職員にとりましても、この上ない喜びであります。ここに、厚く御礼申し上げます。
ただいま卒業証書を授与した107名の卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんの晴れやかな表情から、この三年間、皆さんが積み重ねてきた努力と、それによって得られた成長の跡を感じています。
振り返れば、皆さんの高校生活は、変化と挑戦の連続でした。二年生の秋に訪れた修学旅行。厳島神社の鳥居が海に映える宮島の静寂な美しさに触れ、広島平和記念資料館では、命の尊さと平和への祈りを深く胸に刻みました。また、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでは、仲間との絆を深め、心からの笑顔を弾けさせました。歴史と現代、静と動、その両面を体験したあの旅は、皆さんの知見を大きく広げたことでしょう。
そして今年度、全校一丸となって創り上げた飛翔祭(文化祭)。テーマは「もしも・未来」でした。「もしも、こんな世界があったら」「未来の私たちは、どう生きているだろうか」。皆さんが提示した展示やパフォーマンスは、より 良い未来を願い創ろうとするものでした。在校生の皆さんは、次回の飛翔祭では今年度の飛翔祭をさらに充実させていきましょう。例えば、総合学科として、異なる専門分野を学ぶ皆さんの個性を融合させ、大きなエネルギーが生まれるようにすれば、さらに充実したものになると思います。
本校は、「教養体育系列」「芸術子ども文化系列」「ビジネス総合系列」の三つの系列から成る総合学科高校です。
教養体育系列の皆さんは、日々の勉強と練習を通じて幅広い知識を身に付け、心身を鍛えました。体操部のインターハイ団体全国第8位という結果は、本校の歴史に輝かしい一ページを刻むとともに、私たちに「諦めない強さ」を教えてくれました。
芸術子ども文化系列の皆さんは、他者への共感と献身的な心、創造性や表現力、思考力といった人生を豊かにし、現代社会で求められる多様な能力を養いました。実習で見せた皆さんの優しい眼差しは、地域社会の宝ですので、この地域をしっかり支えてますます活気あるものにしていってください。
ビジネス総合系列の皆さんは、実務的なスキルを磨きました。各種検定試験への挑戦や地域連携活動で見せた主体的な姿勢は、即戦力として社会に羽ばたく自信へと繋がったはずです。
こうした皆さんの主体的・対話的で深い学びが評価され、本校は令和五年度に「キャリア教育優良学校文部科学大臣表彰」を受賞するという栄誉を授かりました。この受賞は、教職員の指導だけでなく、皆さんが「自らのキャリアを自らの手で切り拓こう」と真摯に取り組んだ結果に他なりません。本校の誇りとして、胸を張ってください。
いよいよ旅立ちの時を迎える皆さんに、私はサミュエル・ウルマンの詩「青春」の一節を贈りたいと思います。
「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき、初めて老いる。」
この詩が説くように、青春とは年齢のことではありません。「より良くありたい」という意志を持ち続ける限り、人はいつまでも青春の中に身を置くことができます。
これからの社会は、AIの進化や環境の変化など、ますます予測が難しくなっていきます。その中で皆さんに目指してほしいのは、単なる経済的な成功や地位を得ることではありません。自分自身が、そして周囲の人々が、心身ともに健やかで、社会的にも満たされ、自分らしく幸福に生きている状態、すなわち「ウェルビーイング」を追求してほしいのです。
ウェルビーイングを支えるのは、本校の校訓である「明るく、清く、正しく、強く、美しく」の精神です。どんな困難にあっても「明るく」前を向き、心を「清く」保ち、人として「正しく」誠実に歩み、誘惑や試練に「強く」立ち向かい、そして、自分と他者を慈しむ「美しい」心を持つ。
この校訓こそが、ウルマンの言う「逞しき意志」や「炎ゆる情熱」の土台となります。ウェルビーイングとは、誰かに与えられるものではなく、こうした日々の心の持ち方と行動の積み重ねによって、自ら育んでいくものです。
保護者の皆様、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。
立派に成長されたお子様の姿を前に、感慨もひとしおかと存じます。今日まで、多感な時期のお子様を支え、本校の教育活動に多大なるご理解とご協力を賜りましたことに、心より深く感謝申し上げます。
卒業生の皆さん、皆さんの前には、無限の可能性が広がる「未来」が待っています。
本校で学んだことを糧に、文化祭で描いた「もしも」を、これからの人生で現実の「希望」へと変えていってください。皆さんの歩む道が、光り輝くウェルビーイングに満ちたものであることを、そして皆さんの心にいつまでも「青春の炎」が灯り続けることを心から祈念し、式辞といたします。
令和八年三月二日
群馬県立吉井高等学校長 佐藤 治彦
3学期始業式 校長講話
新年明けましておめでとうございます。冬休みは有意義に過ごすことができましたか?
本日から新しい学期が始まります。この3学期は、皆さんにとって学年最後の学期です。次のステップに向けての準備期間とも言えます。この学期には、1月17日・18日に実施される共通テストや大学等の一般入試があります。体調管理に努めて力を出し切ってください。また、学校にとって最も大切な行事である卒業式があります。
3年生、最後まで充実した学校生活を送って、素晴らしい卒業式にしましょう。
1・2年生は3年生が安心して卒業できるように落ち着いた生活を送ってください。
始業式にあたり今年の干支を交えて話したいと思います。
「一年の計は元旦にあり」と言われているように、令和8年の幕開けに伴い、皆さんはどんな抱負をもち、目標や計画を立てたのでしょうか。
今年は午年です。何事もうまくいってもらいたいたいものです。馬にまつわる故事成語に「馬耳東風」、聞いたことはありますね。意味は、「人の意見や忠告を聞き流すこと」「まったく心に留めない様子」ですが、うまくいくためには、これではダメですね。生徒指導主事や進路指導主事、学年主任や学級担任や教科担当、多くの先生の話を聞き流すことのないようにしてください。
うまくいくためには、「脳」という名の検索エンジンを使いこなすことではないでしょうか。
皆さん、こんにちは。今日は皆さんの「脳」について、お話ししたいと思います。それは、私たち一人ひとりが持っているこの素晴らしい器官を、「検索エンジン」にたとえる、という視点です。
皆さんは毎日、GoogleやYahoo!といった検索エンジンを使っていますね。知りたい情報をキーワードで入力すると、一瞬で世界中の情報の中から答えが返ってきます。便利ですよね。実は皆さんの脳も、これと全く同じような働きをしています。
脳は、検索エンジンです。インターネットの検索エンジンが世界中のウェブサイトを索引付けしているように、皆さんの脳は、生まれてから今日までに経験したこと、学んだこと、感じたこと、読んだ本のすべてを、驚異的な速さで「記憶」という名のデータベースに保存しています。そして、何かを思い出そうとしたり、新しい問題を解決しようとしたりするとき、脳は自動的にこの巨大なデータベースへの「検索」を始めるのです。
例えば、数学の問題を解いているとき。「この公式、前に習ったな」と思った瞬間、脳内では「数学、二次関数、解の公式」といったキーワードで検索が走っています。そして、記憶の片隅から正確な情報を見つけ出してくるのです。
「良い質問」は「良い検索結果」を生むものです。
ここで重要なのは、インターネット検索と同じく、「どのようなキーワードで検索するか」によって、「どのような答えが得られるか」が全く違ってくる、ということです。
皆さんがもし「あれ」とか「それ」といった曖昧なキーワードで検索しても、欲しい情報は出てきませんよね。
脳も同じです。「勉強しなきゃ、どうしよう」と曖昧な質問したら、脳からの検索結果は、「面倒くさい」「やる気が出ない」「何から始めたらいいか分からない」となりがちです。
「今から30分で、数学の問題集を3ページ進めるにはどうすればいいか」という具体的な質問でわれば、脳からの検索結果は、「まずはペンとノートを準備する」「10分で1ページ解いてみる」「集中するための音楽をかける」などです。
脳は、皆さんが与える「質問」に対して、常に最適な「答え」を探そうとします。前向きで具体的な質問を投げかければ、脳は解決策や行動につながる答えを返してくれます。ネガティブで曖昧な質問をすれば、不安や無気力といった答えを返してくるのです。
検索能力を高めるためは「インデックス登録」が重要です。
皆さんの脳という検索エンジンをより賢く、速くするためには、普段からの「インデックス登録」、つまり「学習」や「経験」が欠かせません。
本を読む、ニュースを見る、友達と議論する、新しい場所に挑戦する。これらはすべて、検索データベースを豊かにします。学んだことをノートにまとめたり、人に説明したりすることで、脳の中で情報が整理され、検索しやすくなります。
意外と大切なのは、 十分な睡眠と栄養です。脳という高性能なハードウェアが正常に動くための基本ですね。
最後に、皆さんの脳は、世界に二つとない、最高のパーソナル検索エンジンです。インターネットの検索エンジンは、人間が作ったツールに過ぎません。しかし、皆さんの脳は、そのツールを遥かに凌駕する可能性を秘めています。
今日からぜひ、自分の脳に「どのような質問を投げかけるか」を意識してみてください。そして、日々の学習や経験を通じて、この素晴らしい検索エンジンを最大限に活用し、皆さん自身で様々な「答え」を自分で見つけ出していってください。
令和8年がうまくいくように、前向きな具体的な質問をして、成長する年にしていきたいですね。最後になりましたが、この1年が、皆さんにとって幸せな1年となることを祈っています。
以上で、3学期の始業式の挨拶とします。
2学期始業式 校長講話
生徒の皆さん、おはようございます。
長い夏休みが終了し、本日から2学期が始まります。
長い夏休みですので、悩み事や心配事等を相談する機会があまりなかったかもしれません。相談することで解決策が見つかるものです、見つからなくても気持ちが楽になるものだと思います。友達や学校の先生、スクールカウンセラーの先生等に話すのもよいかと思います。
私も高校時代がありました。誰に相談したと思いますか。祖母の家には本がたくさんあったので、夏休みは勉強にいって、美味しいものをいただきながら相談相手になってもらいました。お盆や正月は親戚の叔父さんに仕事の話をしてもらいながら将来のアドバイスをもらっていました。勉強方法は先生に質問しました。ある日、教科担任でもない英語の先生にお勧めの参考書は?と勇気を出して聞いてみました。数日後、駿台文庫の伊藤和夫先生の文法書をその先生から手渡されました。嬉しくて、有難くて、何度も繰り返し勉強しました。何度も音読してみました。例えば「be interested in」と何度も繰り返し音読しました。英語学習には何より音読が大切だといいます。「國弘の前に國弘なし。國弘の後に國弘なし」と言われた同時通訳、國弘正雄先生は「只管打坐」になぞらえて「只管音読」を広めました。
曹洞宗の開祖である道元禅師は「只管打坐」すなわち、身を正しくして、ただひたすら坐りなさいと言われました。私は仏教系の大学出身で、『只管打座』の教えが好きでした。
何のために修行をするのか?悟りを開くために修行すると思っていませんか? この『只管打座』は違うのです。ただひたすらに坐禅をするのです。その先の悟りを意識せず、ただひたすらに坐禅し集中するのです、それは坐禅する姿こそが真の悟り(お釈迦様の姿)だとの教えだからです。
一生懸命に努力してきたことに成果が見え始めると人は努力をやめ慢心するものです。するとせっかくの成果は、手の中からこぼれ落ちてしまう。そんな戒めの教えです。私は、何をするにもなかなか行動に移せず、後になって、やっておけば良かったと後悔することがたくさんありました。この言葉聞いたとき私は、「周りのせいにせず、今、してみなさい。その姿が素晴らしいいのです。間違いに気づいたら修正する。今を大切に生きなさい」と言われた気がしました。仏教の教えには、今を生きる我々にも、手を差し伸べてくれる言葉がたくさんあります。秋の夜長、調べてみてはいかがですか。
本日は、校訓について話します。
校訓とは、本校の教育を通して、皆さんに「こうなって欲しい」という願いを込めた言葉です。
本校の校訓は、「明るく、清く、正しく、強く、美しく」です。
まず、校訓の「明るく」についてです。人生には多くの試練や困難があります。勇気を持って踏み出し、乗り越える努力が必要です。そのためには、「自分はできる」「自分は大丈夫だ」というように肯定的に捉えること、ポジティブに捉えることです。その根本にあるものが「明るさ」です。
「清く」は、純粋さです。人柄の清らかさは、人として、正しい心を芽生えさせ、歩むべき正しい道を示します。人間誰しもが心の綺麗な人になりたいと願います。願い続けることが、誠実な行動にも繋がります。
「正しく」は、正義の象徴です。「天知る地知る己知る」という諺があります。悪い行いは、誰も見ていないと思っても、天の神も地の神も見ています。それをする自分自身の心が見ています。 悪事は必ずいつかは露見するものだということです。誠実に正しく生きることが大切です。
「強く」は、強靱な身体と意志の力です。学習、部活動で大切なことは、繰り返しと継続です。繰り返しと継続を可能にするものが、肉体と意志の強さです。
「美しく」は、美を感じ取る人になってほしいということです。多くの人が見過ごしてしまうものの中にも本当の美があることもあります。美を発見できる人になって欲しいということです。
生徒の皆さんには、高校生活を通して、知、徳、体のバランスがとれた生徒となり、何事にも果敢(かかん)に挑戦し、地域、社会に貢献できる人間に育って欲しいと思います。
この素晴らしい校訓、「明るく、清く、正しく、強く、美しく」を胸に、高校生活を送って欲しいと思います。
では、1学期に続き、あいさつ、服装、清掃等、人としての礼節を厳守し、充実した2学期にしましょう。以上で講話を終了いたします。
1学期終業式 校長講話
今日で1学期が終わります。まずは、皆さんがこの数ヶ月を無事に過ごし、学び、笑い、時に悩み、落ち込んだりしながらも、ここに立っていることに、拍手を送りたいと思います。
私は長く教師をしてきました。37年目です。教壇に立ち、生徒たちと向き合い、時には厳しく、時には冗談を交えながら、共に時間を過ごしてきました。今は校長という立場ですが、心の中ではいつも「先生」であり続けたいと思っています。教育とは世界を変えるために用いることができる最も強力な力であり、これを専門の職業にしたことを誇りに思っています。教師とは肩書きではなく、心のあり方だと思います。
さて、今日はみなさんに3つの話をしたいと思います。
1つ目は、「自分を大切にすること」についてです。
みなさん、最近、自分のことをちゃんと「好き」って言えていますか?「自分なんて」「どうせ私なんか」って思ってしまうことがあるかもしれません。でも、それは違います。あなたは、あなたにしかない価値を持っています。誰かと比べる必要なんて、まったくありません。
皆さん、教育って「自己肯定感」を育てることだと思いませんか。自分を信じる力、自分を認める力、それがあると、どんな困難にも立ち向かえます。だから、自分をちょっと褒めてあげてください。「よく頑張ったね」って、自分に言ってあげてほしい。
自分を褒めるために、褒められることを沢山してみましょう。
2つ目は、「人との違いを楽しむこと」について
この学校には、いろんな個性を持った人がいます。明るい人、静かな人、運動が得意な人、絵が上手な人、楽器を上手に引ける人、ちょっと不器用な人……みんな違って、みんな素敵です。
でも、時々「違い」が「壁」になってしまうことがあります。「あの子とは話が合わない」「なんか苦手」って思ってしまうことがあるかもしれません。でも、それって、もったいないです。違うからこそ、学べることがある。違うからこそ、世界が広がるのです。正義の反対は別の正義。それぞれが正義を主張し、折り合わなければ、結局自身も含めた全体が滅びることになる。これは世界・会社組織・友人関係などすべてに当てはまることではないでしょうか。
この夏休み、ぜひ「違う世界」に触れてみてください。本を読んでもいいし、誰かとじっくり話してみるのもいい。「へぇ、そんな考え方もあるのだ!」って思えたら、それはもう、立派な成長です。
3つ目は、「心の声を聴くこと」について
みなさん、忙しい毎日の中で、自分の心の声、ちゃんと聴いていますか?「疲れたな」「ちょっと寂しいな」「誰かに話したいな」って思っても、つい我慢してしまうことがあるかもしれません。でも、心の声を無視し続けると、心が風邪をひいちゃいます。だから、どうかこの夏休みは、心の声に耳を傾けてください。泣きたいときは泣いていい。誰かに頼ってもいい。「助けて」って言えることは、弱さじゃなくて、強さです。
そして、誰に相談したらいいか悩んでいるのであれば、校長室に来てください。教頭先生や授業やホームルームで関わりの少ない先生と相談するのもいいかもしれません。校長室は、そんな場所としても遠慮なく使用してください。
最後にこの夏休み、スマホを置いて、空を見上げてみる。文明の利器を使わず、1学期を振り返りながら、1学期を反省してみてください。
もし、「美しくなりたい」って思ったら、誰かの真似じゃなくて、化粧じゃなくて、自分の中の美しさを信じてみてください。写真には映らない美しさとは、人に見えないかもしれない努力の軌跡だと思います。
それでは、2学期、また元気な顔で会いましょう。自分の力で有意義な夏休みにしてください。
それでは、よい夏休みを!
入学式式辞
春の日差しが日ごとに強く降り注ぎ始め、頬を伝わる風も温かくなりました。校庭に咲く桜が新入生の門出を祝福してくれているかのように咲き誇っているこの佳き日に、同窓会会長 内田義雄 様を始め、多数の御来賓と保護者の皆様の御臨席を賜り、令和7年度 群馬県立吉井高等学校 第51回入学式をこのように盛大に挙行できますことは、教職員一同の大きな喜びであり、心より厚く御礼を申し上げます。また、今日まで手塩にかけ育てあげ、めでたく入学の運びに至りました保護者の皆様のお喜びはひとしおのことと、心からお祝い申し上げます。
只今、本校への入学を許可いたしました109名の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。在校生、教職員一同、心から歓迎します。
さて、本校は、昭和50年4月に開校し、今年で創立から51年目となります。
本校の沿革を顧みますと、昭和四十九年十一月一日に「群馬県立吉井高等学校」として開校準備が始まり、昭和五十年四月七日、一学年八クラスの普通科高校として、第一回の入学式が執り行われました。この記念すべき第一回入学式は、体育館が未完成であったため、校庭で行われました。360名の一期生は、真新しい制服に身を包み、希望と期待に胸を膨らませ堂々とした立派な入学式であったそうです。新入生代表が「一期生である自覚を持ち、明るく、正しく、清く、勉学に励む」と宣誓し、歴史的な一歩を歩み出しました。
その後、平成十二年度には、普通科から総合学科へと学科改編し、地域と共に社会の変化に対応してまいりました。この50年の間には、先輩方の苦労があり進路や部活動での活躍があり、東日本大震災やコロナ禍を乗り越えて今日に至っています。この校舎はこのような50年の歩みを見つめており、皆さんは新たな50年の歩みに加わることとなります。
吉井高校での新しい生活が始まるにあたり、勉強のこと、友達のこと、部活動のことに、期待と不安が交差していることと思います。隣にいる友達をみてください。みんな同じ想いでいます。もちろん我々教職員は、皆さんが高校生活を順調にスタートできるように全力でサポートします。しかし、切り開くのは皆さんです。義務教育が終わり、自分で選んで本校に進学してきました。高校生活は誰かが楽しませてくれるものではありません。自分で仲間をつくり、燃焼し、納得するなかで獲得したものが宝となります。
宝を得るために、1年生の皆さんには、大きな声で挨拶することを習慣としてください。「おはようございます。」「こんにちは。」「失礼します。」「お世話になります。」「さようなら。」と、大きな声で人より先に挨拶をしましょう。近くの友達に、教職員に積極的に声をかけてください。明るく、元気に挨拶することで、新しい友達や先輩ができます。
青春時代とは、悩みや迷いの時期だと思います。自分のことを周りはどうみているのか、どういう存在なのか、いかに生きるべきが、自分の容姿や能力ばかり気になり、いら立ち悩み、学校に足が向かないで悩むこともあったのかもしれません。
山田かまちという高校生がいました。高崎市に生まれ、絵の才能に恵まれた山田かまちは、高校1年生の時に、エレキギターを弾いている最中に、感電死してこの世を去りました。彼の作品に接したある画商が、一人の少年の美術館「山田かまち水彩デッサン美術館」を開館しました。この少年の遺作を展示する美術館には、若者が押し寄せ、「かまち現象」とよばれるほどでした。彼は、絵だけでなく、おびただしい数の詩を書き留めていました。彼の言葉は、時代を超えて伝わるものだと思います。
皆さんの入学を寿ぎ、一編の詩を贈りたいと思います。作者は山田かまちです。
この部屋にとじこもっていてはだめだ。
「この部屋にとじこもっていた時の歌」 ができてしまう。
言葉でいくら素晴らしいことを言っても、
感じさせることができなくては、何の意味もない。
そんな時、言葉というのは
ただ足でまといになるだけ・・・。
足を地につけ宇宙を忘れる
誰もがやってる誤りさ・・・。
地面との距離をはなさないで
体を空間に浸そう
現状でいいと妥協したら、
その瞬間から、すべては終わり始める。
高校時代は、かけがえのない青春時代だと言われています。しかし、かけがえのない生き方ができているのでしょうか。かけがえのない人生を生きるとは、二度と戻らない今を全力で走ることだと思います。
新入生の皆さん、失敗してもいい、でも挑戦すること、自分を信じて、あきらめずに、吉井高校で多くの先生方と友達に心を開いて、指導を仰ぎながら、かけがえのない高校時代を全力で生きることを今、心の中で誓ってください。
結びに、今、新たな道を歩み始めた新入生の皆さんが、吉井高校での3年間で大きく成長されることを祈念するとともに、ご来賓並びに保護者の皆様方におかれましては、本校に対する特段の御支援・御協力をお願い申し上げ、式辞といたします。
令和七年四月八日
群馬県立吉井高等学校長 佐藤 治彦